失言で大臣が辞任したり、議員の資格が問われたりすることは多い。
特に日本は他国と比較して一段と多い気がするが、統計があるわけではないので何とも言えない。
政界だけでなく、大企業幹部の記者会見での失言が株価を暴落させたこともあるし、普通の職場でもちょっとした失言が立場を危うくすることはママあるだろう。
学校生活でも、ちょっとした失言がいじめを招くことがある。
欧米に多いのは、やはり民族と宗教差別に由来するもの。
アメリカで良く問題にされるのは、ジェンダーに関するもの。
日本では歴史認識や地域差別についてのものが散見される。
失言にも地域差があるようだ。
この間、失言の構造について調べるべく、ヒマを見て「失言」を研究した論文を探してみたが、どうにも見あたらなかった。
社会言語学者の奮起を促したい。
従って、本稿は全て私の知識と直観にのみ基づき、主に政治家を対象に考えていく。
失言のプロセスは、政治家が発した何らかの言葉に対して、誰かが不快感を表明、抗議することに始まる。
誰も抗議しなければ、発言は「失言」にはならない。従って、全体主義国家では「上層部批判」以外の「失言」は発生しにくいことになる。逆を言えば、全体主義国家では、上層部批判は「失言」と認識されるリスクが非常に高いと言える。
抗議者の数や正当性に従って、その政治家は地位を維持するだけの権威・影響力を低下させていく。それが一定水準に達すると、職を辞するか、罷免されることになる。
逆を言えば、失言に対する抗議が強くなければ、政治家は影響力と地位を保持できる。
中山君の場合、反空港闘争団とその周辺、アイヌや琉球などの諸民族、日教組と大分県の人々を同時に不快にさせる「失言」を発した。
成田だけのことであれば、「認識が不十分だった」で何とかクリアできたかもしれない。
純粋に日教組批判だけであれば、「またか」で済んだかもしれない。
しかし、同時にあまりにも広範囲の少数者を不快にさせてしまったことが、抗議の強度を一気に高めてしまった。
このことは、「失言の対象範囲」が重要であることを臭わせている。
つまり、「大分は日教組が強いからケシカラン」(真実ではないが)と言ったなら、敵に回すは日教組だけで済んだはずだった。それは中山君的にはむしろ望むところだっただろう。
ところが、
「大分は日教組が強いから学力が低い」
となると、これは大分県人全てを敵に回すことになってしまう。悪く言われて嬉しい人間はきわめて少ないだろうから。
宮崎県選出の議員が隣県を愚弄したのだから、反発が強まるのは当然だった。
もっとも、大分県知事らが抗議したという話は寡聞にして聞かないが。
失言の最大の特徴は、「価値判断」にあると思われる。
政治家がある事象や対象に対して、事実を論じるのではなく、価値判断を行った結果、その判断にクレームがつけられるという構図である。
では、「単一民族」発言はどうなのか、と問われるだろう。
この場合は、つい先日「先住民族決議」が可決されたことを受けて、「日本は多民族国家」であるという「事実」が確立しており、「単一民族」は中山君一個人の価値観という解釈になる。
大分・日教組の件については、万が一それが事実だったら、あそこまで反発は強くなかっただろうが、中山君は文科族の反日教組議員として名をなしていただけに、「事実の指摘」とは取られなかった。また、「学力が低い」は「事実」ではなく批判的評価として、受け取る人の方が多いだろう。
「あんた頭悪いね」と言われて人が怒るのは、それが事実だからではなく、そういう評価を明言されたことに反発するからだ。
しかし、同じ価値判断でも、街の居酒屋で酔っぱらったオヤジが管を巻いているのなら、失言とはみなされない。それはただの酔っぱらいの戯言として処理される。それでも良い印象は持たれないかもしれないが。
それが、大臣や議員の場合だと重大視されるのは、やはり地位と関係があるからだろう。
「責任ある地位にいる者としてふさわしくない」
とは良く言われるものの、その意味するところは必ずしも明確ではない。
ここは完全に仮説になってしまうが、恐らくは、
「責任ある地位」というものは、組織やコミュニティの価値を体現しており、その価値に反する言動が「ふさわしくない」と認定されるのではないだろうか。
同時に、組織やコミュニティの統括・運営を担うものとして、一定の公平性や客観性が求められるわけだが、それを大きく逸脱することも「ふさわしくない」と判断される原因になりうると思われる。
中山君の場合、ついこの間「日本は多民族国家」という価値観を、国権の最高機関たる国会で確立したにもかかわらず、国家を代表する大臣として自分でそれを否定してしまったのだ。
「ゴネ得」については、反空港闘争は、そもそも帰還した満州移民が開拓した土地を十分な説明と保証もしないまま収容したことに端を発した運動であり、一定の国民的理解があった。某宗教団体によるテロリズムとは訳が違い、少なくとも左翼セクトが過剰介入するまでは、ある意味非常に民主的な住民運動だった。それを「ゴネ得」と言うのは、事実に反するばかりでなく、民主主義を構成する一要素たる住民運動をも否定することになる。原理的には、民主国家の大臣が民主主義を否定するわけだから、「ふさわしくない」と判断されるのは当然だろう。
「大分・日教組」の発言については、行政の最高責任者として最も公正な立場になければならない国務大臣が地域差別を公言するのはやはり妥当ではないのだろう。本人は「大分の学力は低い」という「事実(認識)」を述べただけのつもりだったのだろうが、聞いた人たちは「評価」「価値判断」と認識した。日教組についても、国務大臣が憲法でも法律でも認められた労働組合を貶める発言を公的な場で行うのは、その大臣が労働組合の存在自体を否定することにつながり、本人もそれを認めてしまっただけに、民主国家の大臣として職責が問われてしまうのは当然だった。
日本国憲法第99条は、天皇、国務大臣、国会議員、公務員などが憲法を遵守する義務を負うことを規定している。
人権、民主主義、労働基本権などは憲法に明記されており、大臣や議員がこれを否定することは憲法違反として許されない(故にNK党やKM党は禁止すべきなのだが)。
「それでは改憲を主張することもダメなのか」
という話になるが、これは問題ない。憲法改正は憲法によって認められているからだ。
少なくとも中山君は、
「憲法を改正して労働組合を禁止すべし!」
と言うべきだった。少なくとも論理的整合性は成り立つからだ。
しかし、その場合、麻生内閣のスタンスと信頼が問われることとなり、麻生内閣の価値観と相容れない場合は、やはり罷免・異動されることになっただろう。
「したいこと」と「できること」は違うからだ(それを知るのが大人になるということだろう)。
私などでも、社会主義や社会民主主義、あるいは政治倫理や職業倫理に反する言動をあからさまに行えば、同志たちから非難されるだろうし、「言ってることとやってることが違うじゃん」として社会的信頼を失うであろう。
もう一つは、保守の連中が良く言う
「閣僚や議員に『表現の自由』はないのか?」
である。
これはもちろんある。しかし、同時に99条の規制などを受けていることも確か。
「表現の自由」はあるが、憲法違反や社会で共有する価値観に反する言動を行えば、法律によって、あるいは社会から制裁を受けることになる。
つまり、
「言うのは自由だけど、責任は取ってね」(by ケン)
ということだろう。
ただし、大臣と議員では、失言の「適用範囲」が異なる。
国務大臣は行政の責任者として、より憲法の規定を強く受けると同時に、公平性や客観性もより多く要求されるからだ。
しかも、日本は議院内閣制であるために、国会議員であると同時に大臣ということになる。
国会議員は、国民の主権を代行する立場にある。議会主義においては、議員は有権者の代表者なのだから、その言動は有権者総体を代弁するものとして自覚する必要がある。
中山君の例で言えば、「宮崎一区の有権者は隣県をそんなふうに見ているのか」と問われることになるのだ。
逆に発言によっては、「オレは有権者の声を代弁しているんだ」と強弁することも可能だが、それには相応の支持がなければならない。中山君の場合は、選挙区の自民党からも相当の反発があったと聞いている。
こうした失言が増える背景として、日本の政治家の話し方が「レポート・トーク(事務的)」から「ラポート・トーク(共感型)」に替わりつつあるという指摘があるが、すでに量が膨大になりつつあるので、次の機会としたい。
ブログが炎上する原理も似たようなところから説明できそうなので、いつか考えてみたい。
以上の説を、子どもや学生にどう説明するかは、皆さんにお任せします。
2008年10月05日
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プロフィール
名前:ケン
年齢:ガンダムは再放送だけど、Zは生で見た。
誕生日:李英愛さんと一緒
性別:
職業:政治家(広義の)、日本語教師、フリーライター、占い師、写真家、その他
一言:永田町某所に勤務。
趣味:シミュレーションゲーム、TRPG、政治活動全般、バレエ鑑賞
スポーツ:水泳、乗馬
マンガ(古典):小池一夫、白土三平
マンガ(現代):FSS、クレイモア、ベルセルク、ガンスリなどなど
アニメ:攻殻機動隊、ボトムズ
哲学:バタイユ、オルテガ、墨子、王陽明(我ながらメチャクチャな組み合わせだが)
神秘思想:P・D・ウスペンスキー、R・シュタイナー
文学:澁澤龍彦、M・デュラス、ドストエフスキー、司馬遷
時代小説:司馬遼太郎、池波正太郎
特技:占い(修業中)、進路相談、人生相談(特技なのか?)
潜在能力:言霊(師匠曰く)
理想の男性像:土方歳三、サン=ジュスト
好きな俳優:丹波哲郎、山崎努
理想の女性像:メーテル
好きな女優:梶芽衣子、カロル・ブーケ、李英愛、栗山千明
好きな男性のタイプ:よく話す、頭の回転が速い、仁義にあつい
好きな女性のタイプ:カンが良い、寛容、知性がある
上司にしてみたい人:石田三成、大久保利通、草薙少佐、エーベルバッハ少佐
好きなクラシック:J・S・バッハ、ラフマニノフ、スクリャービン
好きな洋楽:ブリストル系(マッシブアタック、ポーティスヘッド、アルファなど)、ラウンジ系(イージーテンポ、イルマレコードなど)
好きな邦楽:書上奈朋子、Calm
好きなポップス:aiko、椎名林檎

個人的なお問い合わせは、
kenuchka@ヤフー.co.jp
までどうぞ。ただし、返信は確約できません。

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いわゆるKY(空気が読めない)というのは欧米人には分かりにくい感覚だと聞いたことがあります。でも欧米の世界にも失言に当たるタブーはありますから、空気って読んでないんですかね。良く分からないや。
何かを否定する発言(ダメ出し)には非常に注意しなければならない、ということです。
否定的発言は他者の存在や価値観を否定するもので、否定されて気持ちのよい人はいないからです。
欧米にだって「空気」はありますよ。
「ナチスを肯定してはいけない」「ユダヤ人虐殺に否定的な言動は許されない」だって十分「空気」ですから。
ただし、日本ほど空気の濃度は濃くないというだけです。
日本人は逆に何も言わなさすぎです。
言わないと通じないことだってたくさんあるのに(おみゃあがゆ〜きゃ?と突っ込まれそうだけど)。